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    ヒーリングルーム セドナは、ご縁がある方としか繋がれない様になっている不思議なヒーリングルームです。

本日2本目のブログ記事です。

ホ・オポノポノのクリーニングを自分に向けてしていくと、本当にある日スッと広がる瞬間があります。

クリーニングの言葉。

ありがとうございます。
愛しています。
ごめんなさい。
許して下さい。

どの言葉でも自分に向けて話しかけています。
クリーニングしたい時にしている、と言った具合いです。
感情の波に飲まれている時はすっかり忘れているのでクリーニングという事も忘れています。(笑)

それでも思い出したとき好きな言葉を心の中で繰り返しています。

そうして日々過ごしてくると、ある日ス~ッと視界が明るく感じる時が出てきます。

自分の中の、頭の中の沢山の言葉たちが静かになる瞬間があります。

それは数秒かもしれない。
数分かもしれない。

頭の中が静けさに包まれる時、その状態で自分を取り巻くものを眺めて行くと心はハッキリと分かっているんです。

過度の期待。
良く見せようとしている自分の姿。
何かに対しての執着。
言い訳をしてやり過ごそうとしている気持ち。
もっと、もっとと求める気持ち。
割り切れない感情。
濁った思い。
言葉にならない中途半端さ。
何かを忘れさせて欲しいが為の新しい興味、特別の何か、誰か、場所。

そう言った頭の中で同時に沢山の事が振動している状態を遠くから眺めている、それらに対して評価や判断を持っていない静かな場所から眺めている自分に出会う事が出来ます。

この静な場所にいる時は良くも悪くも、なにかや誰かに惹きつけられていない、飲まれたまま、記憶に酔っぱらっていない心地よいスペースの中で自由を感じています。

ホ・オポノポノを知って体験して分かったことでとても心地良かったことは、ポジィティブな事柄や楽しいこと、好きなこと、惹きつけられる対象、思いや気持ち、特別と感じてしまう、憧れや思いに対しても、それらからも自由になれたことが私にとって人生の最大の発見と安らぎでした。好きと言う記憶からも解放される。

ネガティブ(悪いと判断してしまう事)から自由になる事は分かり切っていましたが、この良いと思っている面から自由になれたことが人生で気付けたことが本当に良かったな~と体感しています。

好きと言う感情からも自由になれる、この部分がとても清々しく本当の自分自身でいられることを知りました。

それだけ私は幼少期の頃から、依存・中毒に近い、何かに埋没するという事で逃げて来た傾向がありました。それが今回の人生では薬でもアルコール、宗教でもなく、何かにのめり込む事で現実から逃避するために、10代の頃から我を忘れて誰かの追っかけや、何か物事に熱を上げる、ジェットコースター感、過剰な刺激で自分をごまかしてきたんだという事が分かりました。のめり込んでいたい、酔っぱらっていたい、夢を見ていたい、そうしている間は忘れられると勘違いしていたんですね~。

ネガティブだけクリーニングして消して行くというのは本当に片手落ちで、長いこと、どこかスッキリしませんでしたが、ポジティブ面に対してもクリーニングをかける、好き過ぎてしまう対象物に対してクリーニングを続けた結果、私の心は本当の自分の居場所を見つけることが出来ました。好きと言う「何か」からも自由になれました。

本当の自分に出会いました。

本当の自分を忘れて、好きな何かに覆いかぶさる、好きな色に染められるのではなく、自由とは、好きからも嫌いという思いからも縛られないこと、自分のスペースがあること。
好きからも嫌いからも影響されないこと=自由。

ここで言っているのは好きという事がダメという事ではなく、私自身、好きと言う感情に飲まれていることも不自由だと分かってから、好き、憧れ、良いと言ったポジィティブに分類される事柄からも、自分は自由でいたいなぁーと、ポジィティブからも縛られたくないなぁーと感じたので、ポジもネガも、どちらもクリーニングをするようになりました。


自由=スペースが生まれたら、お腹の底から安心して満足しています。

この満足感は、なにか欲しい物、良い条件が手に入ったからではなく、自由と言うスペースが生まれたことを喜んでいる満足感、嬉しさなんだと感じます。

また、頭のおしゃべりが大きくなれば乱れて消えてしまうかもしれないスペースですが、確実にポジィティブもクリーニングを心掛ける様になったら感情の浮き沈みの差が少なくなりました。

これは本当にシンプルだけれど、体感としてとても深いなぁ~と感じています。


不具合、壁や問題として浮上する様々なことはバランス出来るんだよ~と教えてくれている。

   fruits.jpg

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2015.07.28 / Top↑